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長崎のほぼ中央、人目をはばかるように四方を山々で囲まれた小さな町、波佐見。2006年、この地でデザインプロジェクト"essence of life"は始動しました。波佐見焼の大きな転換期の最中のことです。

 

波佐見町を含む九州北西部の肥前は、磁器発祥の地。400年以上に及ぶ長い窯業の歴史がありますが、波佐見焼の名が知られるようになったのはごく最近のこと。それまで波佐見で生産された陶磁器は、伊万里焼や有田焼といった出荷地や卸先の地名で流通していたため、全国的にはほぼ無名の産地でした。

 

しかし2003年、相次ぐ産地偽装問題やグローバル化への対応を理由に業界内で産地表示が義務化され、波佐見焼はいやおうなく独り立ちすることに…。

 

時代の流れに背中を押され、波佐見焼が新たな歩みを始めた時期、このプロジェクトが立ち上げられたのです。その中心となったのは、西海陶器の現会長がスカウトした陶磁器デザイナー・阿部薫太郎と若手社員たち。

 

"すでにあるものに縛られず、今、人々に求められるもの"を。

"暮らしの中で、豊かさを感じられるもの"を。

 

彼らは産地の伝統を活かした新たなものづくりを模索していきますが、古くからの慣習が深く根付いた地で、価値観や手法を変えることは容易ではありません。さらに、多くの人が関わる波佐見特有の分業体制では、開発に要する多くの費用と時間が障害となっていました。

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しかし、このプロジェクトでは、廃業した製陶所を活かして自社工房を設け、企画・デザインだけではなく、原型や生産用の型制作までを独自で行う体制をつくることで、コストを抑え、自由度の高い商品開発を可能にしました。

 

また、窯元や型屋、生地屋などの職人すべてが、初めから好意的だったわけではありません。彼らの元へ足繁く通い、会話を重ね、時に酒を酌み交わし、理解と親交を深めることで、信頼関係を築いていったのです。

 

こうした取り組みから生み出された自社ブランドは、少しずつ芽を出し、周囲に波及していきます。現代のニーズに応える新しい発想のもの、機能性だけではなく嗜好性が高いものなど、町のあちこちで追随するかのように生産され、それらは新たな流れとなり、少しずつ波佐見焼の自立を後押ししていったのです。

 

400年の時を経て、ようやく波佐見焼は陰から日向へと踏み出しましたが、プロジェクトはまだ道半ば。留まることはありません。この十数年で積み上げたイメージや、波佐見という地域の枠を越えて、次の段階へとー。